コラム

2026/01/27 コラム

交通事故の損害をドライバーに請求(求償)できる範囲は?給与天引き(相殺)のリスクと正しい手順を弁護士が解説

はじめに

運送業を営む企業にとって、従業員(ドライバー)が起こした交通事故への対応は、日常的かつ深刻な経営課題の一つです。

不幸にも事故が発生し、会社が被害者に対して多額の損害賠償金を支払わなければならなくなった際、経営者としては「事故を起こしたのはドライバーなのだから、その損害分を本人に負担させたい」と考えるのが自然な感情かもしれません。

法律上、会社が支払った賠償金の一部または全部を従業員に請求する権利は「求償権(きゅうしょうけん)」として認められています。しかし、この権利は無制限に行使できるわけではありません。過去の判例法理により、その請求範囲は大幅に制限される傾向にあり、また回収方法として安易に「給与からの天引き(相殺)」を行うことは、労働基準法違反となる高いリスクを孕んでいます。

特に運送業界では、長時間労働や過密な配送スケジュールが事故の遠因となっているケースも少なくなく、会社の安全管理体制とドライバー個人の過失とのバランスが厳しく問われます。不適切な求償や給与相殺は、ドライバーとの労使トラブルに発展するだけでなく、違法行為として労働基準監督署の是正勧告を受けたり、社会的信用を失墜させたりする原因ともなり得ます。

本稿では、弁護士法人長瀬総合法律事務所が、運送業における交通事故後のドライバーへの求償権について、その法的根拠と限界、具体的な負担割合の相場、そして実務上注意すべき「給与相殺」の可否について、専門的な観点から解説します。

事故の求償と給与相殺に関するQ&A

Q1. ドライバーの居眠り運転で事故が起き、会社が300万円を賠償しました。全額をドライバーに請求できますか?

全額の請求が認められるケースは極めて稀です。

従業員に故意(わざと事故を起こした)やそれに近い重大な過失がない限り、全額の求償は認められません。会社は従業員を使用して利益を上げている以上、それに伴うリスクも一定程度負担すべきという「報償責任」の考え方に基づき、請求額は「信義則上相当と認められる限度」に制限されます。通常は損害の一部(数割程度)となることが多いでしょう。

Q2. 損害分をドライバーの毎月の給料から少しずつ天引きしても問題ありませんか?

原則として違法であり、認められません。

労働基準法第24条は「賃金全額払いの原則」を定めており、会社が損害賠償請求権を持っていても、一方的に給与と相殺(天引き)することは禁止されています。たとえ就業規則に「事故の損害金は給与から控除する」と規定していても、その規定自体が無効となる可能性があります。

Q3. 本人が「給料から引いてください」と同意した場合はどうですか?

同意があっても慎重な判断が必要です。

形式的に同意書があっても、それが労働者の「自由な意思」に基づいていると客観的に認められなければ、裁判で無効と判断されるリスクがあります。会社と従業員という力関係上、事実上の強制があったとみなされやすいため、同意による相殺を行う場合は、厳格な手続きと合理的な理由が必要です。

解説:事故を起こしたドライバーへの求償権と制限

1. 求償権の法的根拠(民法7153項)

従業員が業務中に交通事故を起こし、第三者(被害者)に損害を与えた場合、民法7151項に基づき、会社(使用者)も連帯して損害賠償責任を負います(使用者責任)。

被害者保護の観点から、会社がまずは資力をもって賠償を行うことが一般的ですが、本来事故を起こしたのは従業員個人です。そこで、民法7153項は次のように定めています。

「前二項の規定は、使用者又は監督者から被用者に対する求償権の行使を妨げない。」

つまり、会社が被害者に賠償金を支払った後、その分を従業員に対して「立て替えた分を払え」と請求することが法的に認められています。これが「求償権」です。

2. なぜ全額請求できないのか?(求償権の制限法理)

条文上は求償権の行使を「妨げない」とあるだけですが、実務上、会社から従業員への全額求償がそのまま認められることはほとんどありません。これには、以下の2つの法的な考え方が背景にあります。

  • 報償責任の法理: 会社は従業員の労働によって利益を上げているのだから、その過程で生じる損失(リスク)も会社が負担すべきであるという考え方。
  • 危険責任の法理: 自動車という危険な道具を用いて事業を行っている以上、事故のリスクは管理主体である会社が負うべきという考え方。

これらを踏まえ、最高裁判所(昭和5178日判決・茨城石炭商事事件)は、求償権の行使について以下のような枠組みを示しました。

「使用者は、その事業の性格、規模、施設の状況、被用者の業務の内容、労働条件、勤務態度、加害行為の態様、加害行為の予防若しくは損失の分散についての使用者の配慮の程度その他諸般の事情に照らし、損害の公平な分担という見地から信義則上相当と認められる限度において、被用者に右損害の賠償を請求又は求償できる」

つまり、あらゆる事情を考慮して「公平な分担」を行い、その限度内でのみ請求が可能となります。

3. ドライバーの負担割合を決める「考慮要素」

具体的に、どのような要素が考慮され、負担割合(求償範囲)が決まるのでしょうか。

会社の事情(会社側のマイナス要素)

  • 過酷な労働環境: 無理な配送スケジュール、長時間労働、休息不足があった場合、会社の責任が重くなり、求償できる範囲は狭まります。
  • 安全管理の不備: 車両整備の不良(タイヤの摩耗、ブレーキ不具合など)、点呼の未実施、安全教育の不足などがあった場合も同様です。
  • 保険加入の有無: 会社が任意保険に加入していれば保険でカバーできるため、あえて従業員個人に求償する必要性は低いと判断されます(保険料を節約してリスクを従業員に転嫁すべきではないという判断)。

ドライバーの事情(ドライバー側のマイナス要素)

  • 過失の程度: 単なる前方不注意や操作ミス(軽過失)であれば、求償は認められないか、極めて低額になります。一方で、居眠り、速度超過、携帯電話の使用、飲酒運転などの重過失や悪質性がある場合は、求償範囲が広がります。
  • 業務逸脱: 会社の指示に反したルート変更や、私用での運転中の事故であれば、ドライバーの責任は重くなります。

負担割合の相場観

一概には言えませんが、過去の裁判例や実務感覚に基づく一般的な目安は以下の通りです。

  • 軽過失(通常の前方不注意など): 求償不可 ~ 損害額の5%10%程度
  • 中程度の過失: 損害額の10%25%程度
  • 重過失(居眠り、大幅な速度超過など): 損害額の25%50%程度
  • 故意・極めて悪質な場合(飲酒運転、盗難車両など): 損害額の50%100%

運送業の場合、プロドライバーとして高度な注意義務が求められる反面、会社側も高度な運行管理義務を負っているため、双方の責任が相殺されやすく、会社側が思うほど高い割合での求償は認められにくいのが現実です。 

最も注意すべき「給与相殺(天引き)」のリスク

求償権の範囲が決まったとしても、その回収方法にはさらに大きな法的な落とし穴があります。それが「給与天引き(相殺)」です。

1. 労働基準法24条「全額払いの原則」

労働基準法第241項は、「賃金は、通貨で、直接労働者に、その全額を支払わなければならない」と定めています。

これにより、会社が従業員に対して損害賠償請求権(求償権)を持っていたとしても、それを理由に一方的に給料から差し引いて支払うことは禁止されています(最高裁昭和31112日判決・関西精機事件)。

たとえドライバーが事故を起こして会社に損害を与えたことが明白であっても、給料は全額支払わなければなりません。損害賠償の請求は、給与支払いとは別に、別途請求する必要があります。これに違反すると、30万円以下の罰金刑が科される可能性があります(労基法120条)。

2. 「同意」があれば相殺できるか?

例外として、労基法241項ただし書きにより、「労使協定がある場合」などは賃金の一部を控除できますが、損害賠償金のような不確定な債権を労使協定で控除対象とすることは一般的ではありません。

実務上よく問題になるのが、「ドライバー本人が同意した場合」です。

判例(最高裁平成21126日判決・日新製鋼事件)では、「労働者の自由な意思に基づく同意」があれば、全額払いの原則に反しないとして、相殺を認めています。

しかし、この「自由な意思」の認定は厳格です。

単に「相殺に同意します」という念書にサインさせただけでは不十分です。会社と労働者の間には指揮命令関係があり、労働者が拒否しにくい状況にあることが前提とされるため、裁判所は「本当に自由な意思だったのか?」を厳しく審査します。

「自由な意思」が否定されやすいケース

  • 事故直後の混乱した状況で署名を求めた場合。
  • 「署名しないと解雇する」「乗務させない」などと示唆した場合。
  • 求償額や計算根拠を十分に説明せず、一方的に金額を決めて署名させた場合。
  • 生活が脅かされるほど多額の天引きを行う場合(給与の4分の1を超えるなど)。

3. 「調整的相殺」という例外

    なお、計算ミスによる過払い賃金を翌月の給与で調整するような場合(調整的相殺)は、一定の要件下で認められますが、事故の損害賠償はこれには当たりません。事故の損害賠償は、あくまで「不法行為に基づく損害賠償請求権」であり、賃金の過払いとは性質が異なるからです。

    弁護士に相談するメリット

    事故後の求償や給与相殺の問題は、判断を誤ると「違法な賃金不払い」として労基署の指導対象になったり、従業員から訴訟を起こされたりするリスクがあります。弁護士に相談することで、以下のような適切な対応が可能になります。

    1. 適正な求償額(負担割合)の算出

    事故の状況、会社の運行管理体制、過去の裁判例などを総合的に分析し、「法的に認められる限度額」を算出します。過大な請求を行って従業員の反発を招くことを防ぎ、また逆に、本来請求できる権利を放棄してしまう損失も防ぎます。

    2. リスクの低い回収方法の提案・合意書の作成

    給与相殺を行う場合でも、リスクを最小限に抑えるための手順をアドバイスします。具体的には、相殺ではなく「従業員から会社への振り込み」の形式をとる、あるいは相殺する場合でも「自由な意思に基づく同意」と認められるための厳格な合意書(説明の経緯や相殺の時期・金額を明記したもの)を作成します。

    3. 身元保証人への請求対応

    ドライバー本人に支払い能力がない場合、入社時に立てた身元保証人への請求を検討することになります。しかし、身元保証法により、保証人の責任も大幅に制限されることがあります。弁護士は、身元保証人に対して有効に請求を行うための通知(事故発生の遅滞なき通知義務の履行など)や交渉をサポートします。

    4. 就業規則・賃金規程の整備

    「事故時の自己負担金」や「無事故手当」などの制度設計についても、法的な観点からアドバイスを行います。あらかじめ明確なルールを定めておくことで、事故発生時のトラブルを未然に防ぐことができます。

    まとめ

    運送業における交通事故で、会社がドライバーに対して求償権を行使すること自体は法的に認められています。しかし、その範囲は「信義則上相当な限度」に厳しく制限されており、全額負担させることは原則としてできません。また、回収方法としての「給与天引き(相殺)」は、労働基準法違反のリスクが極めて高く、安易に行うべきではありません。

    事故を起こしたドライバーに対して感情的になり、「損害を全額払わせたい」「給料から引いてやる」といった対応をとることは、会社にとってさらなる法的リスクを招くことになります。

    重要なのは、事故が発生した際に冷静に事実関係を整理し、法的に妥当な範囲での責任追及を行うことです。そして何より、事故を未然に防ぐための安全管理体制の構築こそが、最大のコスト削減であり、会社を守る最良の手段です。

    「この事故でドライバーにいくら請求できるのか」「本人が同意しているから給料から引いてもいいのか」と迷われた際は、自己判断せずに弁護士法人長瀬総合法律事務所にご相談ください。運送業の法務に精通した弁護士が、企業の利益とコンプライアンスの両立を実現する解決策をご提案いたします。


     

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